彼のオルガン学校は1910年にここで開校され、順調な発展の結果、9年後には国立音楽院として格上げされました。
ヤナーチェクのオルガン学校の特徴は、当時モラヴィア地方に欠けていた音楽院の役割を提供していたことでした。学生たちはここでオルガンはもちろん、ピアノ、ヴァイオリン、歌唱、作曲、そして音楽理論まで学ぶことができました。現在この建物は、芸術科専門の小中学校として使われており、その一部にはモラヴィア郷土博物館の音楽史部門が入っています。ヤナーチェク作品を研究したい方には、こことヤナーチェク資料館に、作曲家本人の自筆楽譜が保管されていることをお伝えしておきます。この建物の手すりに沿ってコウニツォヴァ通り方面へ行く途中で、ヤナーチェクの胸像と出会います。またそばのヤナーチェク広場では、オペラ『利口な女狐の物語』のオリジナルの彫刻を見ることができるでしょう。